いま、世界を覆っているのはフォースの暗黒面ならぬ、未知の感染症パンデミック。
 
一般の人ももちろんたいへんなのですが、音楽家、演奏家の方は仕事が仕事なので、「いったいいつになったら終息するのか……」と頭を抱えている方もきっと多いかと察します。
 
でも、こういうときだからこそ、プロ・アマ問わず、芸術に携わる人間は「平常心」を保つことが大切かと思ったりもするのです。
 
ここは発想を変え、「積ん読」になったままの本をイッキ読みする、という過ごし方もありかと思いますが、ただ手持ちの本を読むだけじゃあツマラナイ。
 
そこで、「耳で読む本」+筆者の手持ちの本から5冊を選んでみました。
 

ながら読みのできる「耳で読む本」はいかが?

そうか、本か! というわけでさっそく本棚へ……向かったものの、いざ手にとって読みだしたら細かい字面を目で追うのがけっこうツラいし、しかもBGMみたいに「ながら」もできない。
 
こういった欠点が従来型読書にはどうしてもあります。ならば「オーディオブック」のAudible(オーディブル)という選択肢はいかが。
 
人気作家のベストセラーから名作まで、プロの声優や著名人の朗読で聴くことができ、ビジネス、自己啓発、小説、英字新聞、落語、洋書など、40万冊以上の豊富なラインアップ。
 
月額1,500円で全タイトルが読み、いや、聴き放題で、今なら最初の一冊(30日間)は無料です。
 
オーディオブックならば本を手で持つ必要もないから、「耳で読みながら」他の作業も(その気になれば)可能なのもメリットかと思います。
 

 

こういうときだからこそ、ベネットの名著『自分の時間』がおすすめ

アーノルド・ベネット(1867−1931)は代表作の『二人の女の物語』で知られる英国人小説家ですが、日本人にはむしろ『自分の時間』の作者、として知られているんじゃないでしょうか。
 
ベネットのこのささやかなエッセイは、「どんな境遇の人にもひとしく与えられている、一日24時間をどう過ごせばよいのか」という、まさしくこの不安な時代にピッタリな智慧が凝縮された一冊。
 
静かに横になりながら、しばしベネットのことばに耳を傾けてみませんか。ベネットのこのエッセイは、真の自己啓発本だと思っています。だから、「古典」の仲間入りをしたのだと思います。
 

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歴史好きな楽器プレーヤーにおすすめ、『ダ・ヴィンチ・コード』

こちらは映画化もされた有名作品で、映画から入った、という向きも多いと思います。
 
宗教象徴学者ロバート・ラングドン教授もののシリーズのひとつですが、聖杯伝説群やいわゆる「グノーシス主義」という背景を知らなくても、テンポのよいストーリー展開に引き込まれるうちに、楽しみながら「異端アレイオス派と初期正統教会側の論争」といったキリスト教会史、いやその裏面史? も垣間見ることができる、という作品に仕上がっています。
 
クラシック音楽の演奏家にとってもっとも重要なのは楽曲の「解釈」、すなわち書かれた楽譜の「読み」にすべてがかかっている、と個人的には思っています。
 
いま手許にある楽曲にはカンケイないように見えても、宗教音楽系の演奏機会もときにはあるよ、という方の場合、この手の背景知識が演奏解釈にさらに幅をもたせてくれるのではないでしょうか。
 

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やはり読書は書籍で。演奏家におすすめの本3冊

演奏家にとって時間とは…? 『時間は存在しない』

つづいて、筆者の手持ちの本から3冊をご紹介。
 
こういうときこそ、いっさいの雑音をシャットアウトして、ひとりだけの空間でサイエンス系読み物に没頭する、というのはどうでしょうか。
 
たとえば、「時間」。音楽は典型的な「時間芸術」であり、演奏家にとって時間とは、ひょっとしたらメトロノームが拍子(英語では文字どおりtime)をカチカチ刻む、といったイメージがあるかもしれません。
 
著者はイタリアの天才的宇宙物理学者のカルロ・ロヴェッリ氏。宇宙物理学もの、といっても、コムズカシイ数式がズラズラ出てくる心配は無用。
 
たとえば第1章の出だしの一文、「簡単な事実から始めよう。時間の流れは、山では速く、低地では遅い」。
 
のっけからこんな感じでして、話の展開に読み手を引き込む手腕はみごと。翻訳もとても読みやすくて、筆者のようなシロウトでも上質のミステリーを読んでいるかのような爽快感を覚えたくらい。
 
演奏家にとってもなじみのあるクラシック音楽系の比喩や引用も意外や(?)多くて、たとえばバッハの教会カンタータ「われは喜びて十字架を負わん BWV56(1726)」のくだりなど、思わずグッとこみ上げてくるものがあります。
 
とにかく目からウロコが落ちっぱなしになることは保証しますので、ぜひご一読を。
 

 

なにはともあれ『すべては今日から』

「アタック、チャ〜ンス!」で一斉を風靡したあの名優、児玉清氏(1934−2011)の遺稿集。
 
タイトルは児玉氏の座右の銘的なドイツ語の”ab heute[アプ・ホイテ、今日から]”から。児玉氏は無類の本好き、愛書家としても有名で、とくに海外ミステリものに精通していました。
 
音楽の世界でもプロではないが、「恐るべきアマチュア」がいるのと同様、児玉氏は文芸評論のプロではありません。
 
けれども、先に挙げたダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』もいち早く書評記事に取り上げて、「僕は昨年四月、この本とめぐり逢えたのだが、その余りの面白さに卒倒しそうになった」と大絶賛。
 
本選びの眼力の鋭さといい、背景知識の間口の広さといい、まさに書評界の「恐るべきアマチュア」。
 
ちなみに児玉氏によると、『ダ・ヴィンチ・コード』がアメリカ国内のハードカバー年間売り上げ記録を塗り替えるまで、『マディソン郡の橋』が首位だったそうです。
 

 

演奏家だってたまには爆笑したい!! 『のぼりつめたら大バッハ』

最後にどうしてもご紹介したいのが、クラシック音楽家を題材にとったおもしろ漫画でもおなじみだった砂川しげひさ氏(1941−2019)の『のぼりつめたら大バッハ』。
 
絶版本ではありますが、古書のネット販売サイトなどで流通しています。
 
漫画+クラシック音楽系の軽いエッセイ、というテイストの本文143ページの薄めの本ながら、ときおり本棚から引っ張り出してはひとりでニヤニヤ、クスクスと楽しんでいます。
 
どのエッセイも、そしてもちろんどのイラストカットも笑えるんですが、個人的には「フーガの技法を聴く技法」がお気に入り。
 
有名なマルシャンとの鍵盤楽器対決の逸話も、この人の手にかかるとなんと、カナダの天才ピアニストのグレン・グールドが「実況中継」する展開になったりと抱腹絶倒まちがいなし。
 
そしてこれは「オマケ」、と言うべきなのかはわかりませんが、「ついにやった!! 努力と忍耐の結晶 教会カンタータ200曲全曲完聴記」なるコラムが「脚注」みたいに付いてます。
 

 

【まとめ】いつの世も「すべては今日から」

以上、やや偏見に傾いた嫌いもなきにしもあらずな5冊でしたが、締めくくりにふたたび名文家でもある児玉清氏にご登場願って、次の勇気づけられる一文を引いておきます。

──僕は事あるごとに、また何か決心したり、事を始めるときには絶えずアプ・ホイテと心の中で何度も唱えるのが口癖のようになった。……”アプ・ホイテ”は僕にとって未来への扉を開く勇気をもたらす、いわば呪文のようになったのだ。