今回は、世界最大と言われるボリュームと信頼性をもつ、『ニューグローヴ世界音楽大事典*』初版の主幹編集者へのインタビュー。
 
東京芸大附属図書館(上野本館)では、日本発売(1993年)から順次、全20巻が図書館入りしたものの、その人気のせいで10年後にはボロボロに。2代目を経て、2014年に卒業生から寄贈されたものが、現在の3代目となるそうです。[ 日本語版:監修/柴田南雄、遠山一行、講談社(文献社)より出版 ]  

*『ニューグローヴ世界音楽大事典』初版は1980年に、『Grove’s Dictionary of Music and Musicians』の第6版として、名前を「ニューグローヴ」に変えて出版された。旧グローヴは19世紀に、イギリスの音楽評論家のジョージ・グローヴによって編集され、第5版まで出版された。

 

スタンリー・セイディ

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スタンリー・セイディ(1930〜2005年)
イギリスの音楽学者、評論家、編集者。辞書編集の任務につく前は、『ロンドン・タイムズ』で音楽批評をしていた。第一級のモーツァルト研究者として知られ、それ以外の音楽領域でも幅広い学識をもつことから、『ニューグローヴ』の編集者として招かれた。

  • インタビュアーはシカゴのブロードキャスター、ブルース・ダフィー。クラシック音楽専門ラジオ局Classical 97で、1975年から2001年まで、1600人を超える音楽家のインタビューを行ない、1991年に米国作曲家作詞家出版者協会のディームズ・テイラー・ブロードキャスト賞を受賞しています。インタビューの日本語版は、ブルース・ダフィー本人の許可を得て翻訳したものです。

インタビュー 1992年10月29日、シカゴの滞在先のホテルにて

 

ロンドン・タイムズでの批評の日々

ブルース・ダフィー(以下BD):音楽批評家であることを、あなたは気に入っていますか?
 
スタンリー・セイディ(以下SS):そうね、「ロンドン・タイムズ*」で音楽批評家として、非常に長い間過ごしたからね。17年間もやっていたんです。答えはイエスだね、批評家であることを喜んでいますよ。

*ロンドン・タイムズ:1785年創刊の世界最古のイギリスの日刊新聞。

 
BD:音楽学者や研究者であることより、批評家の方が好ましい?
 
SS:この二つを違う分野だと思わないようにしてるんです。一方は音楽批評に学識を持ち込み、もう一方は学識に批評精神を持ち込むことができる。これは健全な混じり合いじゃないかな、と。自分を見るときに、そういう風にしなくちゃね。
 
BD:(笑) そうですね。
 
SS:そう感じるんですよ。学識には、評価的な思考が、批評的思考がね、あるべきだと思ってます。背景に批評精神がある学識ほど、強力なものになるね。
 
BD:日刊紙に書く人は、週刊誌や月刊誌、学問的な記事を書く人とは違った視点をもつべきなのでしょうか。
 
SS:批評家として、という意味で? 批評家というのは常に「誰が読むか、彼らはいつ読むか、読んだあとどうするか、自分に何を望んでいるか」ということを考えてる。それが仕事ですから。批評家は読者を満足させなくてはいけない。それをしないと、長くは続けられないんです。よっていつもこのことを考える必要があるわけで。
 
確かに、その通り、違いはあると思いますよ。イギリスでは(当然ながら、わたしはアメリカのことよりイギリスのことの方をよく知っているので)、もし日曜版で批評を書いているのであれば、記事を書く前に深呼吸するといったね。いくつかの出来事を振り返って、自分の強調したい事項からストーリーを型作る。単に出来事にコメントするのではなく、もう少し深く掘り下げようとするかもしれない。しかし自分が日刊紙の批評家である場合は、一度に一つの出来事について書くし、それはレポートでもあり、批評でもあり、音楽家や音楽を紹介することでもあるわけで。
 

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初代グローヴとの違い

BD:あなたの一番のプロジェクト『グローヴ』(ニューグローヴ世界音楽大事典)について話しましょうか。1970年に編集に加わりましたか?
 
SS:そのとおり。
 
BD:それは改訂して新たな領域を加える決定の前ですか、後でしょうか。
 
SS:イギリスの『グローヴ』で出版しているものは、アメリカのものと同じではないね。イギリスでは、サー・ジョージ・グローヴが始めたときの原型、1954年には8巻にまでなってるけれど、それとは違う『グローヴ』の領域があると思ってずっとやってきたんです。
 
BD:9巻(付属の巻も含めて)の『グローヴ』が、わたしの成長期に、何年にもわたってうちの書棚にあったのをよく覚えてるんですよ!
 
SS:そう、そうだね。1954年版はよくそう言われてるね、でもあれはプロの学者チームによって書かれたものじゃないし、多くの著者はイギリス人でね。
 
BD:行き当たりばったりに集められたとは言われてないですよね。
 
SS:いや、行き当たりばったりというわけじゃない。そう、実際のところ、ある面では確かに行き当たりばったり的なところもあった。かなり調べたけどね。でも顧問の学者たちを集めたチームによるものではなくて、時がたつにつれてそういうものが必要になってきた。1970年に第6版を始めたときまでに、エリック・ブロムやジョージ・グローヴがやっていたみたいに、一人の人間が何もかもやるわけにいかないことは明らかになっていた。
 

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わたしは一緒に働く人間のチームを、助言してくれる専門家たちを必要としてたね。わたしのところには中世研究家がいたし、2、3のルネッサンス学者もいた、楽器の専門家や音楽書誌に通じている専門家、といった人たちがいて、こういった領域の助言が得られた。すべてを見渡せる概論的なものを展開して、彼らと詳細について議論しつつ、それぞれの領域を網羅できるようにしたね。
 
BD:では即座に、すべて新しいやり方に持っていく決断を下したんですね。
 
SS:そうだね。決定というのは、まあ、鶏と卵みたいなものだね。プロジェクトのチーフ・ディレクターたちが、たくさんの人のところに行って、どのようなものにしたらいいか、アイディアを聞いてまわったんだ。それで彼らは、その人たちの見方がわたしの考えと一致することに気づいた。
 
イギリス中心じゃないやり方、つまり英米のやり方ね。主たる書き手として英語話者を使い、もちろんドイツやフランス、スペインやその他の地域の書き手もね。つまり世界のあらゆる地域の書き手だ。それがわたしの考えの元であり、それによって扱う事項の範囲にしても著者にしても、インターナショナルなものにしていくわけだ。どうしても必要なことだったと思っている。たとえば、ポーランドにいるポーランド人の書き手に頼むことなしに、ポーランドの音楽を適切に伝えるのは難しいだろうね。
 

巨大化していくのは気にしてなかった

BD:あなたが始めたとき、20巻にもなるとわかっていたんでしょうか。それともただ巨大な巻数になるだろうくらいだったのか。
 
SS:大きなものになることはわかっていたね。「20巻で分厚いのを目指そう」と最初に言っていたから。すぐに14巻にまでなって、進むにつれてそれが増えていった。サー・ジョージ・グローヴの事典で何が起きたか、知ってるでしょう。最初の巻が出て、実際それは分冊だったけど、タイトルに『2巻の音楽事典』ってあったんだ。第2巻が出ると『3巻の音楽事典』となって。さらに第3巻が出ると、『4巻の』とね。当時それは正しかった。だからこういうプロジェクトは大きくなっていくもので、そうなるもんだね、ごく最近のものについて言えば特に。『グローヴ』が巨大化していくことを気にしてなかった。納得いく大きさになるようしていたわけで、20巻になる必要があったわけだ。
 
BD:どうして20巻なんです? 24巻じゃなくて。
 
SS:ああ、いい質問だね。でも答えるのは難しいよ。ただ、一つ答えはあるね。もし24巻で作ろうとしたら、専門家ではない人のための事典としては、かなり詳細な内容になってしまう。この答えが正しいんじゃないかな。もし今、それをやろうとしたら、そこに追加をしようとしたら、もちろんある時期になったら考えることだろうけど、さらに2巻を加えたくなるだろうし、さらに3巻、4巻となるだろうね。のちにたくさんのことが起きているからだよ。すでにある素材の調査はしてきていて、あと新しい音楽についてもね。とは言え、他の形態に変える方法もあるかもしれない。今はわからないけれど。
 
BD:今、あなたは「専門家ではない人のための」と言いました。20巻の『グローヴ』は、どういう人向けなんでしょうか。
 
SS:図書館の利用者とかね、音楽事典から一定のレベルの情報を得たいと思っている人で、専門書にいくことはあまりないような。そういうものは、英語以外の言葉で書かれていたり、音楽関係の定期刊行物なんかにあったりするでしょ。専門家ではない人というのは、そういう意味だけど。専門家は『グローヴ』の参考文献一覧をまず見て、定期発行の文献や、催しものや行事の文献、学会報告書の中から専門家の記事や論文を見つける。こういうものは大きな図書館を除けば所蔵していないし、扱いづらいもので、多くのものが外国語だったりして、誰もが読めるものじゃない。だから(『グローヴ』は)一般の読者にとって見やすい事典として、正しいボリュームじゃないかと思ってるんだ。
 
BD:ある特定の話題やテーマのすべてが知りたい人のために、書かれているわけではない?
 
SS:すべてがそうでなければとは言ってないよ。あることについては、知りたいことのいくつかが書かれている項目もあるだろう。もっとかもしれない。ほとんど知りたいことが書かれているといった。(両者、笑) わたしにはわからないね。今はこれをやろうとすると、とても難しい。準備をしているときは、事典がどのように使用されるか、まったくわからない。たとえば、インド音楽に関する素晴らしい記事がある。インド音楽の専門家にとっては、不十分なものだろう。あなたやわたしにとっては、おそらく知りたい以上のことが書かれている。非常に大部の記事でね。素晴らしい記事で、プリンストン大学のハロルド・パワーズによるものなんだ。非常に詳細で、精緻な記事だよ。
 
BD:基本的に音楽学者のためのものではあるけれど、その人たちの専門領域のためのものではないと。
 
SS:少なくとも、そのテーマの中で、その人にとっての最新の情報である必要はある。そこで文献探索をすれば、インド音楽の学生は全体像を得られるだろう。でもその学生は、文献一覧を見て、それを探したいと思う。パワーズの書いた文を読んで、こう言うだろう。「この考えはどこから来たのだろう」とね。それで文献一覧に行って、さらに深い情報を得たくなる。そしてあることに関してパワーズと同じ見方をするか確かめるわけだ。それは考察になる。
 

オペラ事典はゾクゾクする体験だった

BD:もし「あらゆる項目の徹底した知識がほしいんだ。500巻のものを頼む、それがいい」と言われたら、却下したんでしょうか。
 
SS:そうね、わたしの生きてる間には無理でしょ。できないと思うよ。実際のところできないね。こういった仕事は時間がすごくかかる、精緻なものだからね。今つくってるオペラ事典は、完成まで1年以上かかってる。このオペラ事典は、『グローヴ』でやったより、さらに精緻に作っていて、事実関係を逐一、細部まで検証している。
 
オペラはテーマとして、他の世界の音楽全体と比べて(『グローヴ』が扱っているものより)完結型だから、より精細なものにすることができる。そして縦軸の要素と同様、横軸の要素も組み入れられる。『グローヴ』のような事典は、話題ごとに書かれた記事でできている。これを縦軸とすると、各項目の交差する関係性は見えてこない。相互参照はできるとしても、縦構造を見て、水平的な見方からの結論を引き出すことはできない。オペラ事典では、水平的視野も得られていると思う。
 
BD:なるほど。それで織物になるわけですね。
 
SS:織物になるね。もっと丈夫で強いものになるね。そういった意味で、我々の作った事典の中で最高のものだと思ってる。私たちはこれ以外に二つ大きな事典をやってる。3巻の『楽器事典』は、西洋楽器とともに非西洋の楽器もたくさん扱っていて、その製作者やどのように使われているかにも触れている。そして4巻の『アメリカ音楽事典』をやったね。
 
BD:ええ、そうですね。わたしはあれをいつも参照してるんですよ。
 
SS:それは嬉しいね。素晴らしいことだ。それから2巻の『ジャズ事典』がある。わたし自身は、一般的な助言を除いて、これに関わらなかったけどね。
 
BD:オペラ事典は何巻あるのでしょう。
 
SS:4巻だね。4巻の大部の事典だよ。
 
BD:もう出ているのでしょうか?
 
SS:もう出る寸前だね。12月に出ることになっている。ニューヨークで12月3日に発売開始で、これを買う人たちは、ちょうどクリスマスに手にできる。まあ寸前になるけど。今もまだ印刷の途上なんだ。数分前に、わたしがファックスを送るのを見たと思うけど。あれは第4巻の終わりの方の素材でね、今日のフライトの機中で書いたものだ。今朝ロンドンを発ったとき、Tの項の最終校正をしていた。今晩までにVまで行って、明日はZとなるだろう。大きなチームでの仕事なんだ。
 
BD:どれくらいが『グローヴ』からのもので、どれくらいがまったく新しいものなんでしょう。
 
SS:大部分はまったく新しいものだね。最初のところで、それぞれのオペラに関する記事があって、それが2000近い数だ。短いものもあれば、非常に長いものもある。すべて新たな依頼で書かれたものなんだ。作曲家についての新しい記事もある。2000から3000の作曲家だ。今ここで正確な数は言えないけど。
 
BD:オペラのすべてを収録しようとしたのでしょうか。それとも選択(ある種のオペラは好まれないので、収録しないのか。演じられることがないのに、入れる必要があるかなど)をしたのか。
 
SS:それが歴史的に重要であれば、収録したね。例えば『マスネ』というオペラは少し風変わりだ、と人は言うかもしれない。我々は『マスネ』にかなりのページを割いた。オペラ作品を数えたら5万曲くらいが作曲されている。だから選ばなければならない。我々はいい選択をしたと思っている。それぞれの領域で、アドバイザーに助けてもらってきた。たとえばヴァージニア州で作業している女性は、18世紀後半のイタリアオペラの主幹アドバイザーだった。彼女は当時、イタリアオペラにおいて何が新しいかったかをよく把握していたね。そしてニコロ・ヨンメッリ、フランチェスコ・ビアンキ、ガエターノ・アンドレオジといった作曲家のいくつかのオペラを提案してきた。シカゴ・リリック・オペラで毎晩聞かれているような作品ではないんだ。
 
BD:この中のどれかが、台本になって演じられるのを望みますか?
 
SS:望むね。そう、もちろん望んでいる。このビアンキのオペラについての記事を読めば、あれやこれやと、スタイルにおいて様々な展開をみせた最初のオペラなんだ。いくつかの理由で、歴史的に重要なオペラであると書かれている。歴史的な重要性の理由についても書かれている。オペラに関する記事の多くで、我々は筋立てを書いている。ごく簡単な記述のときもあれば、充分な量の記述のときもある。それから音楽についての記述があり、いつ、どこで演じられたかについての背景も説明する。また重要性が高いときは、作品の歴史的背景や構成についても伝える。
 
BD:そのようになっていることに満足でしょうか?
 
SS:関わることが、非常に心踊る楽しい経験だったね。これを見て、「ゾクゾクするね!」と言う日々もあれば、「あー、もうちょっと違う風に、もっと良くできていたら」と思う日々もある。でも、そうだね、我々はみんなとても満足しているよ。この仕事にとてもワクワクしている。また言うけれど、我々の仕事の中で、最高の事典だと思っている。
 
織り込んだことの一つは、台本と台本の作者についての論考をかなり入れたことだね。オペラの文学的要素は非常に重要なんだ。ある部分では、音楽よりも重要な扱いになっている。18世紀にはオペラハウスに行くとき、脚本家の名前は知っていても、作曲家の名前があがらないことすらあった。劇場に入ると、プログラムを買う、それはちょっとした脚本だ。脚本は作品に形を与え、どういう作品か伝えるのに非常に重要だ。中でも音楽スタイルが均一だった時代にはね。だから脚本や台本作家ついての記事に重きをおいているんだ。
 
BD:シカゴに来てくださって感謝しています。また、わたしとこのように時間を過ごしていただいて、ありがとうございます。
 
SS:とても楽しかったですよ。ありがとう。

 

記事提供元:Web Press 葉っぱの坑夫