クラシック音楽を愛好していると、興味はあるけどなかなか飛び込めない「現代音楽」。
本記事ではそんな現代音楽の世界を紐解くべく、近年世界中で注目を浴びている「アンビエント・ミュージック/環境音楽」の世界をご紹介いたします。
案内人
- 板谷祐輝大学では作曲・音響デザインを専攻し、CDショップ・エンタメ小売業界でマーケティングに就く。仕事の傍らピアノ演奏・劇伴作曲も手掛け、CD評等のライター業も行う。
目次
アンビエント・ミュージックの定義とその起源
アンビエント・ミュージックは環境音楽と訳され、その文字通り環境に溶け込んだ音楽を指します。
20世紀初頭までのいわゆるクラシック音楽はコンサートホールに足を運び非日常を体感すべく、作曲家が組み上げた音の世界に没入することがその楽しみ方でした。一方アンビエント・ミュージックは、鑑賞者に「聴く」という行為を強制しない音楽の新しい形が定義となっています。
「意識されない」という目的のため、スローテンポだったりあまりダイナミクスがなかったりと落ち着いた雰囲気を持つ音楽が多いのが特徴です。さらに作曲手法としても繰り返しを多用するミニマルミュージック/ドローンのようなアプローチが多く、ピアノや生楽器以外にシンセサイザーなど電子楽器を多く起用する傾向にあります。
また、エリック・サティが「家具の音楽: musique d’ameublement」という室内楽曲を作曲したことがアンビエント・ミュージックの起源と言われています。「家具の如く存在し、意図的に聴かれないための音楽」というコンセプトで作曲・実演されました。このコンセプトが、後にブライアン・イーノ(イギリスの作曲家)によって昇華され、アンビエント・ミュージックは産声を上げたのです。
アンビエント・ミュージックの歴史
ブライアン・イーノは、1978年に「Ambient 1: Music for Airports」をリリースしました。このアルバムは実用音楽として実際に空港で使用された、アンビエント・ミュージック史に於ける記念碑的傑作です。
彼はこの作品以降に「Ambient」と名を冠するアルバムのシリーズや「Music for Thinking」と呼ぶ一連のアンビエント作品群を発表し、現在でも第一線を走っています。
アンビエントの思想はクラブミュージックの世界でも発展していきます。
ダンスフロアで踊り疲れた人々を落ち着かせる「チルアウト」という音楽に端を発し、後にアンビテント・テクノと呼ばれるジャンルを確立します。チルアウトという言葉が定着するきっかけとなった1990年のThe KLF「Chill Out」や、1992年のAphex Twin「Selected Ambient Works 85-92」など多数の傑作が生まれました。
また別の方向性として、宗教的精神性やスピリチュアルな世界観と結びつく動きも興りました。これらは今日で「ニューエイジ」「ヒーリング」と呼ばれる音楽に派生していきます。アンビエント・ミュージックという音像や思想はこの様にさまざまな進化を遂げ現在でも発展し続けているのです。
「アンビエント・ミュージック」と「BGM、実用音楽」
聴かれない音楽といえば、商業施設やレストランなどで流れるBGMを思い浮かべるかもしれません。BGMとアンビエント・ミュージックは切っても切れない関係ではありますが、それぞれ異なる歴史を歩んできました。
BGMは1934年創業のミューザック社が産業として音楽を使用したことが起源とされています。これは工場やオフィスに音楽をかける仕組みを導入し、従業員の生産性を上げるビジネスです。初期は既存の音源を流していましたが、やがて専用の音楽も新たに制作され「エレベーター・ミュージック」と呼ばれるようになります。
これらの実用的な音楽は後の音楽家たちを魅了し、それが優れたアンビエント・ミュージックを生むきっかけにもなっていったのです。
アンビエント・ミュージックの魅力
音楽の在り方そのものを問うている処こそが、アンビエント・ミュージック最大の魅力と言えるでしょう。
特に現在は録音技術と媒体が発展し、音楽鑑賞に時と場所を選ばない時代です。鑑賞者はどこで音楽を聴くのか、どんな音楽を求めているのか、そしてそれを実現するために必要な技術とは何か。創作家からの一方通行ではなく、聞き手を意識したマーケティング性(≠コマーシャリズム)も兼ね揃えた「音楽の粋」だと筆者は思います。
聴いておきたいアンビエント・ミュージック
その特性からあまりに多種多様なアンビエント・ミュージック。その中でもぜひ聴いておきたい作品を紹介します。これらを皮切りに魅惑のアンビエントの世界を探究してみてください。
Brian Eno
先にご紹介したアンビエント・ミュージックの巨人ブライアン・イーノは、まず聴いておきたい作曲家です。前述の「Ambient」シリーズをはじめ、数々の作品を残しました。2012年に発表された「LUX」は21世紀最初のソロでのアンビエント・ミュージック作品として話題となりました。美しくも明るい音像は非常に鑑賞しやすいと思います。
また、プログレッシヴ・ロックを代表するバンド『キング・クリムゾン』の主宰である盟友ロバート・フリップと組んだプロジェクト「Fripp & Eno」では、「Ambient 1」に先駆けた1973年よりアンビエント的音楽を制作しました。
余談ですが、イーノは「Wiindows 95」、フリップは「Windows Vista」の起動音をそれぞれ制作したことで身近に感じている人も多いかもしれません。
Gavin Bryars
現代作曲家として名高いギャヴィン・ブライアーズも、ブライアン・イーノ主宰のオブスキュア・レーベルから作品を発表しました。タイタニック号で演奏を続けた弦楽四重奏を描いた「タイタニック号の沈没」と、浮浪者が歌う讃美歌に荘厳な弦楽を重ねていく「イエスの血は決して私を見捨てたことはない」の2曲を収録しています。くり返しの中で圧倒的な美しさを演出したこの作品もアンビエントの名盤と呼んでも差し支えないでしょう。
Biosphere
アンビエント・テクノからはノルウェーのミュージシャン、Biosphereをご紹介します。1997年に発表された「Substrata」は90年代最高のアンビエントアルバムとも評される傑作です。
Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990
実は、日本はアンビエント・ミュージックの分野においては他国に引けを取らない「環境音楽大国」なのです。近年海外でも注目を浴びておりそれらを編纂したこのコンピレーションアルバムは、2020年第62回グラミー賞の「最優秀ヒストリカル・アルバム部門」にノミネートされるほどでした。Spotify等の配信版ではその中から10曲しか公開されておりませんが、CD/レコード版では細野晴臣や久石譲、INOYAMALAND等この分野のスペシャリストの楽曲が詰まっています。
このアルバムから優れた日本のアンビエント作家のアルバムを深掘りしていくのもおすすめです。
結びに
奥が深く美しいアンビエント・ミュージックは現代に生きる人々に相応しい音楽です。その歴史を紐解くのもよし、純粋に生活の中で鑑賞するのもよし。魅惑の環境音楽の世界にあなたもぜひ足を踏み入れてみてください。