注目の作曲家ロングインタヴュー第2回。学生時代の暗中模索から、先日の単独公演も大成功に終えた主催グループ「つむぎね」の発足に至るまでをお話いただきました!第1回記事はこちら。
近年のワークショップ風景
目次
「音楽を学びに来たのに、なんでハンダ付けしてるんだろう?」という感じでした(笑)。
三輪さんに学びたい一心でIAMASを 受け、お恥ずかしい話メディアアートとかあんまりきちんと知識もないまま入学してしまったので、実際IAMASに入ったらものすごいテクノロジーばりばりの世界で、プログラミングとか電子工作の課題がたくさん出て、全然ついていけなくて「あれ?私音楽を学びに来たのに、なんでハンダ付けしてるんだろう」という感じでした(笑)。
―ハンダ付けですか(笑)。
そう、中学の技術の時間以来で(笑)。それに私はプログラミングの知識も全くなくて、それまでコンピュータ自体もあまり触っていなかったんですけど、基本それができる前提で授業が進んで行く印象があり…。課題もたとえばFLASHのようなソフトでプログラミングして来週までにゲームを一個作って出せとか。私にとってはすごい無茶ぶりなんですけど、でもみんななんとなく出来てるんですよね。工学部系から来ている人とか、美大、音大でもテクノロジーが強い、ある程度 Max/MSPとかもやったことがある人が多くて。私みたいに何にも知らずに楽譜で書いて作曲していた人がぽんって来ちゃったけど、どうしたらいいの?という状態でついて行けなくて。先生たちもものすごい厳しくて。 ある種外国みたいな、みんなどんどん手を挙げて発言して議論が盛り上がって、というような学校だったからすごい刺激的だったけれど、きちんと自分の考えを理論で論じられないと認めてもらえないし、まったくテクノロジーの技術的素養がない私には、ゼロからではハードルが高すぎて、これは私とても卒業させてもらえないなと思って相当悩みました。
その中でテクノロジーアートに正直そこまで興味を持てなくて…とIAMAS出身なのに問題発言ですが(笑)。どうも技術先行しているものが多い印象で、コンサートもみんな複雑な配線をしてとても技術が高いのだけれどもわりと似通って見えてしまって。その上黒いスピーカーから出る音を聞くことがメインで、身体性が欠如していることにも違和感を感じていました。その中で私は人間の声とか、毎回変化して人によっても違う、有機的なものの方が圧倒的に興味があるな、と逆に気づいたんです。それまでは演奏する身体やアナログな音が当たり前だったのですが、ない表現を知って改めてその必要性に気がついたというか。 ただ、それだけ価値観が広がったのに、ただ前のスタイルに戻りたいとも思えなかったし。
それまでは西洋音楽の世界だけでそれが音楽だと思ってやってきたことに初めて気づいたんです。
ただ1年目は音楽って何なのか、という価値観が広がりすぎてしまって、何をやったらいいのか全く分からなくなってしまって、さらにテクノロジーを使う技術も必要性もなく、とても卒業させてもらえるレベルにたどり着けないし、もう辞めるしかないかと散々悩みました。だけどここで辞めても不完全燃焼 だし、何か辿りつけるところがないかなと思った時に…何か今まで逃げてたなと気づいて。出来ていないのになんとかごまかそうとしていたなと。何をしていいのかわからないんだったら正直にそれに向き合うしかないなと思って。
1年次の終わりに、「年次発表」といって今年一年何を研究して今後卒業に向けてどういう研究をしていくかっていうプレゼンテーションをそれぞれしないといけなくて、年明けのゼミのときに思い切って「私は今何をしたいのか何をしていいのかさっぱり分からなくなってしまいました。」と正直に言いました。
そこに至るまですごい葛藤があって逃げて帰りたい気持ちだったんですけど、そこでぶちまけたことで気が楽になって。それで三輪さんから、研究室に来なさいと呼び出しをされて、「やーい劣等生」と笑って言われながら(笑)、熱心に色々話を聞いてくださったんですが、「何で音楽って生まれたのか、音楽って何なのか自分が見えなくなったことを徹底して考えてみたら良いんじゃないか」と言われて。それで音楽は何故生まれたのか、その起源を辿ってみようと、たくさん民族音楽を聴き、世界中に色んな音楽があることに初めて気づいて。それまでは西洋音楽の世界だけでそれが音楽だと思ってやってきたことに初めて気づいたんです。
綺麗に揃えるという西洋の美学とは全く別の、ガムランみたいにあえてピッチをずらしてうなりを出すとか、あえてノイズを入れるとか色んな価値観があって。「声」をとってもものすごい色んな表現があって…というのを見て行ったらそっちの方が圧倒的に生き生きして面白くって、私がやりたい音楽はこっちだなってそこで気づきました。 そう思ったら、もう西洋音楽の枠もとっぱらおうという考えに至って。
大体の民族音楽って口伝で楽譜がなく、プロの演奏家と聴衆ってことではなくて、村人だったら誰でも演奏にも参加し、世代を超えて人から人へ伝わって行くし、伝わる過程でだんだん形を変えて行く。そういう 「生きた音楽」を作りたいと思って、五線譜を使わないという方向が見えました。
12人の女子たちで夜な夜な集まって、学内では密かに「倍音ガールズ」って呼ばれてて(笑)。
IAMASではテクノロジーアートで卒業という前提があるのですが、たとえば師匠の三輪眞弘さんの場合は、最終的なアウトプットは人間の身体でアナログにやるけれど、発想・制作のプロセスにプログラミングを使う「逆シミュレーション音楽」という方法論を掲げられている。制作のプロセスや思考にプログラミング的要素が入っていれば、必ずしもアウトプットに使う必要はないっていうことで。 最初は三輪さんからの課題で、来週までに世の中にあるいろんな数列を20個見つけて、それをとにかくMax/MSPを使って音に落としてみろと言われて、最終的に使わなくてもMax/MSPでパッチを組むのも勉強しようと取り組んだり…よくわからないけどネット上で長崎県の年間降水量の図が見つかったから、その1月から12月までの降水量の数列をボリュームや音程に落としてみたり (笑)。
―どうして長崎県だったんでしょう?(笑)
単にネット検索で偶然見つけて(笑)。前川清の歌に掛けて「長崎県は今日も雨だったシリーズ」と言う名前がついて(笑)。
でも何をやっても音楽らしいものにはとても至らない、自分が稚拙すぎるし、数列から音を生み出すことに意味を見出せず。その辺で、前田真二郎さんという同じ研究室で副査をしてくださった映像の先生が助け舟を出してくれて。「宮内さんは数列を音楽にするとかより、もっと有機的なもののほうが合っているんじゃないかな。」という風に言われた時に、ああやっぱり呼吸とか、身体的特徴や有機的なリズム、それぞれの違いやズレをルールにして音楽を作って行くって言う方が自分には合ってるなと気づいて、「breath strati」という、円になって隣の人の呼吸を合図に自分の声の状態を変えて行くっていう曲を作曲することになりました。
岐阜に演奏家の知り合いも全然いないので、制作発表をするときにどうするかって考えたとき、誰もが参加できるというものなら、IAMASにいる女子学生を集めて彼らと作ったら良いんじゃないかと考えて。 もともと女子がすごい少ないんですがほぼ全員かき集めて(笑)、人数も足りないので自分も参加することにしました。それが「つむぎね」の原型です。
12人の女子たちで夜な夜な集まって、学内では密かに「倍音ガールズ」って呼ばれてて(笑)。夜10時くらいになると怪しい声が聞こえてきて「倍音ガールズ今日もやってるね」みたいな(笑)。
ー10時から!
そう夜10時からリハーサルっていう、今思えばすごい時間で。学校が24時間使えるから。仮眠室とシャワー室もあって。
ーそれは素晴らしいですね。
それがIAMASの特徴っていうか、その分徹夜しないと出来ないような課題も出るんだけど(笑)。
ーああ(笑)。
東京みたいに娯楽がたくさんあるところじゃないし、IAMASは制作に没頭する上ですごいありがたい環境で、私にとっては修行のような日々でした(笑)。
みんな結構朝方まで学校にいて、一旦帰って午後からまた来るみたいな生活だから、制作の合間に夜中に集まってもらってリハ ーサルをしていました。 音楽 のバックグラウンドではない人がほとんどで、みんな「私音楽苦手ですけど大丈夫ですか?」と自信なさそうに言うのを無理やり巻き込んでしまったので(笑)、最初はまだ蚊の鳴くような声しか出なかった人たちがどんどん声が出るようになって。やりながらトライ&エラーで 直せたというか、呼吸って自然と同調してタイミングが合ってきちゃうので、じゃあ合ったらどうするっていう ルールにした方が良いな、と改正したりして。 成果発表する頃演奏も一気に良くなって、一番良い状態で発表できたので、直前の録音をゼミで聞かせた時も「本当にIAMASの学生だよね?」と先生たちに聞かれたくらいです(笑)。
ーどういう形での発表だったんでしょうか?
修士制作発表の本審査で発表したんですけど、Youtubeにも映像がアップされています。
マルチメディア工房っていう、作業場兼多目的ホールですごく良く響く空間で。照明もあって、ライヴイベントにも使われ ていたり。練習も毎回そこでやっていました。
その発表で先生方も納得してくださり、私としてもこれまで悩んでいた色んなものを自分なりに消化した上で新しい可能性を見つけて卒業することが出来ました。 IAMASでは異例というか、テクノロジーを使わず人間の身体だけで卒業制作を作って、なんとか無事に卒業できたという…。
ー作品にはテキストもあるんですよね?
はい、五線ではなくって料理のレシピみたいな指示書になっていて。三輪さんから、自分がいなくても指示書が あればその曲が再現できるようにとにかく懇切丁寧に色んなことを折り込んで作りなさいと言われたので、どうやって演奏するかのルールだけではなく、こういった試みをする背景やコンセプト、声のしくみなどの図も入っています。
「breath strati」指示書の中の1ページ
民族音楽を色々と調べていた時に「倍音」というのが音楽の本質的な面白さじゃないかと気づいて。声で倍音を出す唱法はホーミーとか色々ありますけど、男性の独唱が多いという印象があったんです。じゃあ女性の声で、しかも地声ではなく頭声発声の高い声で複数人の倍音を重ねるというものが意外と無いんじゃないかという気がして、それで倍音が出やすいように母音を変化させる女声のための作品にしたんです。
それが元になったので「つむぎね」も声を主に使った女性グループになっていきました。音の…空気の蠢きというか、霧のゆらぎのような響きを作りたいという思いもあって。
女性の力みたいなものを、見せてやりたい!みたいのも無くはなかったかなと思います。
―女性グループという点で、ポーリン・オリヴェロスなどからのフェミニズム的な影響もあったのでしょうか?
ちょうどそのころ友達から教えてもらってポーリン・オリヴェロスとか、メレディス・モンクの存在も知りましたが、当時は同質の音、近い音同士のゆらぎみたいなものに興味があり、男声のみ、女声のみという響きの好みから女声合唱という編成を選びました。ただやっていく中で、男女のアプローチとか発想、思考の違いって言うのも作品作りにすごい大きく影響があるなってことにも気づいて。女性の感性の鋭さと柔軟さ、調和するスピードの速さがやり易いっていうのはあります。
アサヒ・アートスクエアのグローアップ(「Grow up!! Artist Project[グローアップ・アーティスト・プロ ジェクト]2015」)で色んな実験的なワークショップをやって、あえて男性と女性を分けて同じワークをやるとかもやってみたんですけど、プロセスの違いがすごいあって。女性はパッと調和するのが凄く早い。男性はそれぞれの意見をちゃんと戦わせてなかなか調和しないんだけど、一回ガッとなるとものすごい強い結束力があるというか。そこは女性とは違う強さがあるなと。女性は感覚でスッと入るのが早いので、そういう意味で私の音楽なんかは理解が早いのでやり易いところがあるのかなと思います。
昨年の弦楽合奏「Metamorphosis」(委嘱初演)は全員男性で、彼らの持っている西洋音楽のシステムを使わないならそれに代わるしっかりとした理論をまず理解してもらわなきゃいけないところがあって、まずスタートラインに立つことから難しかったなと。女性だと「まあとにかくやってみて、その体験から理解していこう」というような。去年9月に声楽家の波多野睦美さんが、彼女が率いる女性の合唱団「アンサンブル・サモスココス」でつむぎねの「ポリリズム」を演奏したいと言う事でやって下さったんですけど、そのリハーサルは本当にスッと行くんですよね。理屈、理論の説明が…というお話をすると「えーそうなの?そんなの必要なの?」みたいな(笑)。そこのストレスが無いので自然と女性グループになっているというのがあります。自分が女だから、というのは大きいと思いますが。
ただ男性やアカデミックな世界の人たちを巻き込みたいんだったら、私がもうちょっと理論をきっちりと言語化できなくてはいけないというのは痛烈に今感じているところで、これからの課題です。
まあフェミニズム指向ではないんですけど、IAMASの時はわりと男性中心社会だったんですよ。先生も女性がいないし、学生も大学院1学年が20人ちょっとに女子が5,6人かで、集まった10数人の中で女が私一人ということも多々あって。よって感覚より理論優位でとにかくロジカル・シンキング、「感覚でこれを選んだ」というのはだめで、選んだ理由をちゃんと説明できなければいけない。それで制作する上でかなり客観的に思考する、自分で厳しく自問自答するということが身についたのは大きかったとは思いますが、時々「そんなに感覚より理論が大事なのかなあ?」と女子たちでつぶやくことはありました(笑)。機材とかも私が触ると壊れるからとか、スピーカーの位置がずれるとどうのとか、よく男子たちに怒られて(笑)。まあ、からかわれてたんですけど。
―(笑)。
怒られるからとにかく私は触らないように、みたいになっていくと…男性たちの中で、女は入れないなあとか、女性にできることがない、とどんどん自信がなくなってしまって(笑)。その「倍音ガールズ」は数少ない女子たちだけで作るというレアな機会だったので、ある意味女性の力みたいなものを、見せてやりたい!みたいなのも無くはなかったかなと思います(笑)。
―その卒業制作「breath strati」では受賞もされたんですよね?
そうですね。卒業後にアルスエレクトロニカ(Ars Electronica)という、オーストリアのリンツでやっている、 テクノロジーアートの大きなフェスティバルで。IAMASの人は出すことが多いんですけど、私も指示書を友達に英訳してもらって、とにかく出してみたら「Honorary Mention」っていう奨励賞みたいなものをもらえることになったんです。
それと大体同時期にトーキョーワンダーサイトのコンペティションで、つむぎねのパフォーマンスが思いがけず最優秀賞をいただきました。
もともと卒業してすぐ、青山スパイラルでIAMAS展をやるということで、そこで「breath strati」を演奏して欲しいという話があって。ただ学生だけやっていたのでまだ在学中の子は岐阜にいて、なかなか東京で全員集まれなくて。その時は私が東京と岐阜を行き来して練習して合同でやったんですけど、今後も東京で機会もあるだろうし、何かしらグループみたいなものがあると発表しやすいかなっていうくらいの気軽な気持ちで、最初は自分の周りの友達を誘ってグループにしたというのがつむぎねの一番最初です。
〜「響き」の本来の力へ。楽譜を手放した作曲家・宮内康乃インタビュー ①はこちら〜
つむぎね
2008年より作曲家・宮内康乃を中心に結成した、女性たちによる音楽パフォーマンスグループ。楽譜ではなく、人間の呼吸のリズムをきっかけとする単純なルールをもとに音を紡ぎ出していく独自の表現により演奏を行う。おもに声や鍵盤ハーモニカを使い、個々がそれぞれ音の粒子となり、その粒子が複数重なりあって、変化、融合することで空間上の響きを紡ぎ出していくパフォーマンスを展開する。また、照明、衣装音以外の演出も含めて総合的に表現する、独自のスタイルの確立を目指している。
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