クラシック歌曲やオペラと聞くと、ドレスを着飾ったソプラノ歌手がエレガントに歌いあげる姿を想像して、自分とは無縁だと感じる人も多いのではないでしょうか。
でも実は、クラシックの歌曲、21 世紀の今聴いても、良いと思える名曲がたくさんあるんです。モーツァルトも、ドビュッシーも、フォーレも、(ビートルズや槇原敬之のように)素晴らしいメロディーメーカーであり、「ソングライター」です。届け方、伝え方さえ現代の形に合っていれば、心の底にまっすぐ響くような、それはそれは美しいメロディを作ってきました。
今回は、そんな風なクラシック歌曲に対する偏見とイメージを取り払うべく活動するプロジェクト『RE-CLASSIC STUDIES』に携わるアーティスト二人に話を聞きました。
彼女らの音楽を聴けば、実は、クラシックの歌曲が難解なんかではなく、敷居の高い音楽でもない、ただただ美しい音楽なんだと再認識するかもしれません。
インタビューアーは、ヴァイオリンをはじめ、様々な弦楽器、打楽器やインドの鍵盤楽器ハルモニウムなどを用い、ジャンルを横断する音楽家、佐藤公哉さんです。
インタヴューアー
- 北海道生まれ。音楽家・作曲家。東京芸術大学音楽環境創造科卒。シュルレアリスムの影響から幼少より画家を志し、後に音楽へ転向。美術や舞台芸術とも頻繁に交差しながら作曲、演奏活動を行う…
『RE-CLASSIC STUDIES』シリーズは、クラシックと、ポピュラー音楽の間にそびえたつ高い誤解の壁を取り払い、多くの人に美しい歌曲を知って欲しいという思いからスタートしました。アルバム毎に一人のクラシック作曲家をとりあげ、現代の音楽としてリメイクしてゆきます。
さらに、異なるフィールドで活躍するアーティストを迎え、単純なクラシックの焼き直しではない、ボーダレスなアート・プロジェクトに育ってゆくことを目指しています。
(RE-CLASSIC STUDIES HPより)
オペラが作曲された当時はマイクなんてなかった
――二人は普段、それぞれ異なるフィールドで音楽を発信していると思うんだけど、今回クラシックの歌曲をリメイクしようと思ったきっかけはあるの?
中川瑞葉(以下 中川):私は当時、ジョージ・クラム(※1)というアメリカの現代作曲家の曲を録音していたんだけど、彼が17歳の時に作った歌曲をやりたいと思ったときに、歌はクラシック畑ではない人にお願いしたくて、ジェシカちゃんに声をかけたんだよね。それが凄く良くて。じゃあ、他のクラシック作曲家の歌曲もJessicaちゃんが歌ったら、もっと聴きやすくなるんじゃないかな?と思ったのが、はじめかな。
ジョージ・クラムのその歌曲は、もともとクラムの娘さんが歌っていて、彼女はミュージカル女優なんだ。クラシックの歌曲って、往々にしてベルカント唱法(※2)や、オペラ独特の歌唱法で、遠くまで響くように高らかに歌いあげるじゃない。でもそれって、オペラが作曲された当時は、マイクなんてなくて、大きなコンサートホールで遠くまで声を届けなければいけなかったから。当時の事情もあったんだよね。だとしたら、テクノロジーが発達した今、音楽を届ける方法も変わってもいいんじゃないかって思うし。現代に合った手触りの音楽というか。
――周囲の反応はどうだった?
Jessica(以下 J):クラシック畑の方達にけっこう叩かれたよね(笑)
中川:うん(笑)賛否両論あったけど、いろんな反応があったのは面白かった。ただ、音楽家ではない別の分野のアーティストさん達には好評で、賞賛のメールをくれたり。
――アピチャッポン・ウィーラセタクン氏、町田康氏がコメントをしていたね。
J:アピチャッポンさんも町田さんも僕が大ファンだから嬉しかった。でもクラシックの人達は、歴史やコンテクストを大事にするから、なかなか受け入れてもらえないね。
ただ、僕にとってこのプロジェクトは、声楽の歌唱法を否定する意味合いはなくて、むしろ敬愛しているからこそ興味があるんだよね。訓練してきたことを活かせるチャンスでもあって。
――Jessicaちゃんは、クラシックの先生に習っていたんだよね?
J:そう。歌の表現に行き詰っていた時期があって、当時のプロデューサーに、親戚にとても良いオペラ歌手がいるから、習いに行ったらどうかって言われて。クラシック歌曲に触れるようになったのはそれからかな。お気に入りの歌手は、サンドリーヌ・ピオー、チェチーリア・
――そのレッスンではいわゆる、声楽の歌唱法で?
J:そうだね。
――それはそれで、聴いてみたいけど(笑)
J:それはね、先生の前でしか聴かせたくない(笑)一回録音したことあるんだけどね。Lascia ch’io piangaっていうヘンデルの曲で、カストラートという映画の中で歌われた曲なんだけど、それを先生にやりたいって言ったの。そうしたら、「あなたには無理よ。」って一蹴されて(笑)。何でですか?って聞いたら、「あなたのキャラクターは少年だからよ。」って。
voi che sapeteっていう曲があるんだけど、その曲は、少年が恋をするとはどういうことかということを歌っている曲なのね。先生はそれを取り上げて、「これがまさにあなたよ。」って(笑)
※1 ジョージ・クラム:アメリカの作曲家。様々な楽器における特殊奏法、ピアノの内部奏法や、プリペアード・ピアノのための作曲で知られる。また特殊な記譜法を用いた作曲も行う。主な作品に、クロノス・カルテットの発表した「ブラック・エンジェルズ」、内部奏法の金字塔的作品である「マクロコスモス」などがある。
※2 ベルカント唱法:イタリア・オペラにおける声楽歌唱法の一つ。
一音一音が意味を持ってそこに存在する
――ポピュラー音楽を歌うときと、クラシックの歌曲を歌うとき、あるいは演奏するときの違いはある?
J:違いは、例えば箱があったとして、ポピュラー音楽の箱は重量が軽くて、フタを開けると、自分の入り込むスペースが十分にある。だから自由に動けるし、飛んだり跳ねたりもできる。階段を好きに登れる。一段飛ばしとかしちゃえる。
それに比べてクラシック歌曲は和声とか旋法とかが網を張っていて、箱は重く、一音一音が意味を持ってそこに存在するから、手探りで自分の居場所を探さなくちゃならないし、箱を壊さないように慎重に階段を上らなくちゃならない。
中川:クラシックとポップスでは強拍の取り方とかテンポの感じ方が違うと思う。今回のプロジェクトに関していえば、コテコテのザ・クラシックにならないように意識したかな。重くならないようにというか。
中川:クラシックでもポップスでも共演者がいるものはお互いの呼吸を合わせていく、一緒に作り上げていく過程が面白いね。同じ曲でも一緒にやる人によって全然違う雰囲気になったり。
J:どんなジャンルの曲を歌う時でもそうだけど、共演者、作曲家に敬意を払うことが何より大切だね。僕は作曲家ではないから、曲が何を求めているのか耳を澄ませる必要があって。曲に合う表現が自分の中になかなか見つからない時は、映画を観たり、絵を眺めたり、他の歌手の音源を聴いたりね。
例えば曲が小さな子供だと仮定すると、自分の趣味の服を着せるんじゃなくて、ちゃんとその子供に似合う服はどれだろうって考えながら声を出すみたいな。アプローチのアイディアが浮かんできたら、曲を壊さないように注意して、自分らしさが出てくるまで身体に入れていく。でも、いつもうまくいくわけじゃない。うまくいかないことの方が多いかもしれない。
――このプロジェクトを立ち上げるにあたって、参照した人はいる?
中川:録音し終わってから見つけたんだけ、矢野顕子さんがラヴェルとかドビュッシーを英語で歌っているCDを見つけて、いいなって。
――高橋悠治さんと波多野睦美さんの猫の歌っていうCDが方向性として似てるかなと。あれは全部オリジナル?
中川:高橋悠治さん作曲、ジョン・ケージ作曲のものとか入ってたりするんじゃないかな。
>後編に続く『ドビュッシーはたった100年前の新しい音楽?』
Jessica
メジャーレーベルよりキャリアをスタートさせ、三枚のアルバムと四枚のシングルを発表。その後、Ngatariのボー カリストとして、PROGRESSIVE FOrM よりアルバムをリリース。コンピレーションアルバムの参加や、TV番組のエンディング、CM曲を担当するなど活動は多岐に渡る。「Nebular for Thirteen」「坂本龍一トリビュートアルバム」など。
中川瑞葉
桐朋学園大学音楽学部ピアノ科卒業後、渡仏。 パリ・エコール・ノルマル音楽院ピアノ科及び 室内学科のディプロマを取得。在仏中は多くのコンサートや音楽祭に招聘され、積極的に演奏活動を行う。Concours musical de France第1位、CMF賞、インターナショナルクロードカーンピアノコンクール第3位等、国内外のコンクールにて受賞。 2013年、George Crumbの「Makrokosmos Vol.2」をオノ・セイゲン氏の録音にて、国内初のリリースを実現した。