クラシック音楽史上、最初の「フリー」な音楽家はモーツァルトだと言われています。それ以前、18世紀前半までのヨーロッパで音楽家が生きてゆくにはどこかの領主や王侯貴族の城や宮廷、あるいはキリスト教会にオルガン奏者として「雇用」してもらう、つまり宮仕えが大前提。そんな絶対王政華やかなりしころのいかにも「貴族趣味」な楽器、とくると、やはりきらびやかな装飾まばゆいチェンバロ[英名ハープシコード / 仏語名クラヴサン]ではないでしょうか。

しかしバッハが亡くなった1750年ごろを境に、「古楽器」と称される他の古い時代の楽器群とおなじくチェンバロもまた世の趨勢から取り残され、フォルテピアノの登場でチェンバロは一時、クラシック音楽の表舞台から完全に姿を消します。その後、バッハ再評価とともに古楽器が見直され、チェンバロも劇的に復活。今回は、近現代作曲家がチェンバロという古楽器にあらたな光を当てた作品をご紹介。

 

珍品?! プーランクのクラヴサン登場作品『フランス組曲 FP.80』

「フランス6人組」のひとりとして、従来のロマン派的な音楽とも、あるいは当時の流行だった印象主義的作風とも一線を画す音楽のあり方を提示しようとしたフランシス・プーランク(1899-1963)。ちょうど今年(2019)はプーランク生誕120周年の記念イヤーでもあります。プーランクのユニークな点として、「こんな楽器の組み合わせってアリなの?」とちょっと驚くような、かなり奇抜な楽器の取り合わせを想定した作品を書いている、ということが挙げられるかと思います。たとえば『オルガン、弦楽とティンパニのための協奏曲 ト短調 FP.93』などはその代表的な作品。演奏会でも、ときおり公演プログラムに取り上げられる作品です。

さてプーランクとクラヴサンですが、もっともよく知られているのはおそらく『田園のコンセール FP.49』ではないかと思われます…が、あえてここは『フランス組曲』を。この作品は1935年に劇付随音楽として書かれ、のちに作曲者みずからピアノ版などに編曲しています。おなじく「6人組」のひとりダリウス・ミヨーにも同名の作品があってややこしいのですが、こちらの作品は16世紀ルネサンス時代の音楽家クロード・ジェルヴェーズ(1525?-1560?)の舞曲集をベースに、プーランクが現代風にアレンジしたもの。個人的には6曲目の「シシリエンヌ」の、金管アンサンブルの奏でる旋律線に合いの手を入れるようにクラヴサンが和音を掻き鳴らすパッセージが好きですが、作曲年代を考えると、ちょうどジェイムズ・ジョイスが最後の大作『フィネガンズ・ウェイク』を書いていた時期、そしてフランスも含めたヨーロッパ全土に軍靴の足音が日増しに強くなっていった暗い時代。『フランス組曲』成立の背景には、友人だった音楽教師のナディア・ブーランジェの助言をもとに、ほとんど知られていなかったジェルヴェーズ作品をベースに作曲した、と言われています。ただひとつ確実に言えるのは、彼が『フランス組曲』として過去の知られざる音楽家の舞曲(ジェルヴェーズの原曲じたいがすでに編曲ものだったようですが)をアレンジした作品を書くことにより、ジェルヴェーズの名もまたしっかり残った、ということです。

 

フランシス・プーランク『フランス組曲 FP.80(1935)』[演奏 ジョルジュ・プレートル指揮、パリ管弦楽団]

 

ちっとも古風じゃない、ラターの『古風な組曲』

ジョン・ラターとくると、英国国教会(アングリカン)系の教会音楽、とりわけボーイソプラノが活躍する少年聖歌隊向けに書かれた作品を思い浮かべる向きも少なくないでしょう。他の英国人作曲家の例に漏れずラターも少年聖歌隊出身の作曲家であり、当然のことながら宗教的合唱作品が多いのですが、器楽アンサンブルのための佳作もいくつか書いています。

いまからちょうど40年前の1979年、ラターはクッカム音楽祭のための作品を委嘱されます。たまたまバッハの『ブランデンブルク協奏曲』が音楽祭のプログラムにあったため、ラターはバッハへのオマージュとしてこの作品を書き上げたとか。しかしながらオマージュと言いつつ、グルーヴィーでノリノリな楽章、映画音楽のワンシーンを思わせるような切々と歌い上げるフルートの旋律線など、たんなるオマージュという枠をはるかに超えたクロスオーバー的音楽語法を駆使した作品に仕上がっています。それでも弾むように歌うフルートに寄り添うチェンバロの掛け合いが登場する終楽章はジャジーながらも、バッハの『ブランデンブルク 第5番』の第1楽章的な雰囲気もたたえています。

 

ジョン・ラター『古風な組曲(1979)』[演奏 フルート:リサ・ブツラフ / ハイコ・シュレーゲル指揮、ユルツェン室内管弦楽団]

 

エスプリの効いた、フランセの『クラヴサンと器楽アンサンブルのための協奏曲』

ふたたびフランスにもどって、1997年に亡くなった現代音楽の作曲家、ジャン・フランセ(1912-1997)の『クラヴサンと器楽アンサンブルのための協奏曲』を。フランセは6歳で作曲を始め、10歳にして、先述のプーランクの友人だった音楽教師ナディア・ブーランジェに和声の手ほどきを受けたという逸話の持ち主。フランセの作風はひとことで言えば、軽妙洒脱、エスプリたっぷりのいかにも近現代フランスものでござい、という感じ。楽器の扱いも巧みで、作曲のかたわらピアニストとしても活躍、さらには編曲もこなすというマルチタレントの人で、200曲以上の作品を残しました(ちなみにギュンター・ヴァント、ジョン・ケージ、サー・ゲオルク・ショルティといった錚々たる面々もフランセとおなじ1912年生まれ)。

この作品も、そんなフランセの個性が強く打ち出されており、それがとくに感じられるのが冒頭部のふたつの「トッカータ」。「トッカータ I」ではピッツィカートで跳ね回る弦楽合奏とフルートをバックに、クラヴサンが反復する和音フレーズをこれでもかとしつこく繰り出すと思ったら、「トッカータ II」ではバッハを連想させるソロパートが出てきたりと、音楽書法の自由闊達さが際立っています。この作品を聴く凡人はただ、音楽の流れに身を任せつつ、自分にもこんな才能があれば、と願うのみ。クリップはフランセ自身の自作自演版で。

 

フランセ『クラヴサンと器楽アンサンブルのための協奏曲(1959)』[演奏 クラヴサン:ジャン・フランセ、エミール・ナウモフ指揮 / ザールブリュッケン放送交響楽団]

チェンバロがフィーチャーされた現代の音楽、ということでは、言わずと知れたイージーリスニングの帝王、ポール・モーリアも有名。彼はプリピアド・ピアノよろしく、か細いチェンバロの響きをオーケストラにも負けないよう補強した特製楽器で「恋はみずいろ」などを弾いたと言われています。つい先日、逝去された米国の指揮者でピアニストのアンドレ・プレヴィン氏も、チェンバロを効果的に使用した映画音楽作品を残しています。現代音楽作曲家による、この古い鍵盤楽器の魅力の再発見はこれからもつづきそうです。

 

クラシック界の「星新一」?気まぐれ・クソガキ・プーランク