モントリオールの街を歩いていたら、オルガンの音がどこからともなく聞こえてきました。その音に誘われるように歩き続けると、ゴシック様式の建物の前にたどりつきます。中を覗いてみると、そこには巨大なパイプオルガンが聳え立っています。その存在感と音の迫力に圧倒され、しばらく立ち止まってしまう程でした。辺りを見回してみると、人々は目を閉じてその音色と演奏に聴き入っています。

この巨大なパイプオルガンは、カナダのケベック州モントリオールに位置するノートルダム大聖堂の中にあります。19世紀前半にアイルランド人の建築家James O’Donnell によって建設された歴史のある大聖堂です。中へ入ると、正面には黄金の祭壇がありブルーのライトで照らされています。サイドにある美しいステンドグラスからも光が差し込こみ、まるで別世界にいるような雰囲気を醸し出しています。天井はとても高く、彫刻や建築美術からも、時の深さと芸術を感じとることができます。上方後部には、私をここへと導いてきたパイプオルガンが堂々とした姿で立っています。

ここでは、年間を通して定期コンサートが行われているようですが、夏になると “Festival Des Grandes Orgues” というオルガン音楽祭が開かれます。世界で活躍しているオルガニストの演奏と、この巨大なパイプオルガンの音を同時に聴くことができる貴重な音楽祭です。私が訪れたその日は、音楽祭の真っ最中であったので、私は迷うことなくコンサートへ飛び込みました。

 

ノートルダム大聖堂でパイプオルガンの演奏を聴く

その日のコンサートのテーマは ”Charles Widor へのオマージュ” 。Charles Widor  (1844-1937) とは20世紀を代表するフランスのオルガニスト・作曲家のひとりです。彼の作品で最も有名な曲は、オルガンシンフォニー。シンフォニーと聞くと、オーケストラによって演奏される交響曲をイメージされると思いますが、オルガンシンフォニーはパイプオルガンのソロのために書かれた曲です。

今回のプログラムは、Charles Widor 作曲によるオルガンシンフォニー Op.13 – 4 とシンフォニーゴシック Op.70 – 9 が演奏されました。オルガニストは、フランスのSaint Augustine’s Church と the Military Academy’s Chapel の現役オルガニスト、Didier Matry です。大聖堂の中には、コンサートを楽しむためにやってきた600-700人の聴衆で溢れていました。場所柄、観光客もたくさんいましたが、音楽家や音楽愛好家も多数見かけることができました。オルガンは上方後部にあるため、演奏中はみな前を向いて座って聴いています。

 

300年の歴史を持つオルガンで弾かれる独特な音質とその音色

重低音が建物全体に響き渡り、体全体で音を受け止めるようなコンサート。パイプオルガンならではの音の変化がフーガをさらに立体的な音楽にしていたように感じます。オルガン独特の音を長くホールドして、ゆっくりと奏でられるハーモニーは、それはそれは素晴らしいものでした。
さらに、音楽家であるなら誰でも経験したことがあるだろう瞬間、作曲家と演奏家と聴衆が結ばれて音楽がひとつになる、その場だけのかけがえのない瞬間がライブコンサートには現れます。今回のコンサートでは、広い大聖堂の空間に響き渡る音と、歴史を経て弾かれてきたこの楽器の音質が、その音色にさらなる魅力を引き出していたように感じました。

 

 

ここのオルガンは、およそ300年の歴史があると言われています。1701年から1705年の間に最初のオルガンが設置され、期間を経て改良されながら現在にまで至ります。楽器のサイズは世界を基準として最大級レベルと言われており、パイプの数はおよそ7000、ストップは99、キーボードは4つです。東京のサントリーホールにあるパイプオルガンのパイプ数は5898ですから、それよりも大きいということになります。

 

“Take a Seat at the Organ” 迫力のある音を体感する

ここの大聖堂では、平日の昼間にも”Take a Seat at the Organ” という定期コンサートが開かれます。こちらのコンサートは、時間になると参加者全員で階段を上り、オルガンのふもとで演奏を聴くことができます。目の前で巨大パイプオルガンが鳴るのを想像できますか?爆音です。ピアノは弦の振動によって音がしますが、パイプオルガンはパイプの中に送られた空気の振動によって音が鳴るので、パイプが大きくなるにつれて音も大きくなります。パイプの素材や形によっても音色が異なり、パイプの数が増えるにつれて音色の種類も増えていきます。

このコンサートは、平日の午後ということもあり聴衆の中には観光客が目立っていました。プログラム内容もシリアスなクラッシック音楽ではなく、誰でも知っているような映画の音楽やフォークソングなどが主に演奏されます。音楽に詳しくない人にもオルガンの音を楽しんでもらおうという意図があるのだと思います。この歴史的な楽器とその音を知ってもらうための工夫がなされているのですね。巨大な楽器のそばで、迫力のある音を体感できる面白い経験になります。

 

本物の音を聴く価値

この夏、モントリオールのノートルダム大聖堂で歴史を感じさせるパイプオルガンに出会うことができました。その楽器の音色は重厚で、ピアノでは表現しきれない低音の深さとハーモニーの美しさがあります。演奏される場所や建築美術にも、魅力を引き出す音響効果があります。さらに、楽器の大きさからも堂々とした迫力のある音を体感することができました。
日本では、小学校でオルガンの伴奏に合わせて歌を歌ったり、電子ピアノなどにオルガンの音が入っていたりしますが、それらの音とパイプオルガンの音は比較の対象になりません。日本にもたくさんパイプオルガンがありますので、もしまだ生の演奏を聴いたことがない方がおられるなら、一度コンサートへ行って本物の音を聴いてみることをおすすめします。