開場前のコンサートホール。これから開演までに観客とオーケストラによって埋められてゆく。
夏のホリデーシーズンには、イギリス各地でイベントが目白押しです。ウィンブルドンのテニストーナメントに引き続き、特に毎年欠かせない国民的大イベントとして「プロムス (Proms)」と呼ばれる世界最大級のクラシック音楽の祭典が催されます。7月半ばから8週間にも渡って繰り広げられるプロムスでは、イギリス国内のみならず海外からも有名指揮者やオーケストラ、ソロイストたちが参加します。そしてその素晴らしい演奏によって、およそ150年前に建てられた大コンサートホールが5000人以上の人々で連日埋め尽くされるのです!
「プロムス」の起源は?
「プロムス」とは「プロムナード・コンサート」の略で、18世紀にロンドンの公共ガーデンで開かれていた屋外コンサートが始まりと言われています。観客が屋外で散歩しながら音楽を楽しむというフランス発祥のコンセプト、プロムナード(フランス語の se promener=to walk の意味)が由来しているそうです。
やがてそんなプロムナード・コンサートが屋内で行われるようになるのですが、現在の形になってからのプロムスの起源はなんと1895年までさかのぼります。そこには≪安価なチケット料金と肩肘張らないリラックスした雰囲気のなか、より多くの人たちにコンサートに来てもらい、クラシック音楽に親しんでもらいたい≫という、創始者の理念が原点にありました。詳しい歴史の変遷はウィキぺディアに任せたいと思いますが、大きな転機となったのはBBCがプロムスの運営を引き継いだ (当然の事ながらラジオ初放送の年となった) 1927年で、今年は90周年という新たな節目の年を迎えました。
プロムスのメイン会場:ロイヤル・アルバート・ホール
ロイヤル・アルバート・ホール正面玄関入口に掲げられた芸術・文化の偉大なパトロン、アルバート公の肖像画。
さて1941年よりプロムスのメイン会場となったのが、ロンドンの西側に位置するロイヤル・アルバート・ホールです。このホールは、自身も優れた芸術家であり、イギリスの科学、教育、芸術文化の発展に大きく貢献した亡き夫アルバート公にちなんで、1871年当時国の君主であったヴィクトリア女王によってオープンされました。(蛇足になりますが、夫を溺愛していたヴィクトリア女王は、1861年にアルバート公が若くして他界して以来、自身が死ぬまでの40年間ずっと喪服で過ごしたことはあまりにも有名な話です。)
ロイヤル・アルバート・ホールの向いはG.ホルストやJ.サザーランドも学んだロイヤルカレッジ・オブ・ミュージック
ロイヤル・アルバート・ホールがあるサウスケンジントンは、ハロッズで有名なナイツブリッジからもほど近い富裕層が多く住む地域です。この一帯にはアルバート公の構想によって、自然史博物館や ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム、また科学・薬学で世界に名高いインペリアル・カレッジ、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート、そしてロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックなどが次々と誕生し、西ロンドンの教育・芸術・文化の中心となりました。
他の音楽祭とどこが違う?プロムスの特徴
天井に浮かんでいるように見えるアイコニックなサウンドシステムに開演への期待が高まる。
1) ‘Something for everyone.’
クラシック音楽を中心としてジャズや映画音楽、ミュージカル、また子供連れのファミリーのためのコンサートなど、誰もが必ず楽しめる音楽が見つかるよう多彩なプログラムが用意されています。またクラシックに関してもオーケストラ音楽はもちろん、セミステージですがフルオペラの上演もあります。メインのコンサートはロイヤル・アルバート・ホールで毎晩開催されますが、室内楽ファンのために毎週月曜日のランチタイムにはカドガン・ホールという別の小規模ホールでチェンバー・ミュージックのコンサートも開かれます。
2) Proms Extra
プロムスは開催期間中の8週間、毎夜コンサートがあるだけのフェスティバルではありません。その日メインのコンサートをより楽しむことが出来るように、工夫を凝らした事前のプログラムが色々と用意されているのです。例えばメインのコンサート前に、コンサートのテーマに関した自由参加型の専門家によるトークが毎回必ず行われます。その他、週末にはプロの音楽家たちを交えて子供ミュージシャンのためのワークショップや、大人のためのコーラスワークショップなどメインコンサートと関連させた豊富な参加型プログラムなどがあり、いずれも無料で参加できるんです!
3) プレミアとヤングアーティスト
プロムスは数多くの世界・UK プレミアが披露される場でもあるので、まだ誰も聴いたことのない珍しい作品を耳にする機会が多いです。また新進気鋭のヤングアーティストたちも登場するので、例えば気になる歌手を見つけたら、その後の彼らの活躍ぶりに注目してゆくのも楽しみのひとつです。
4) Dress Up (or Down)
チケット価格はパフォーマンスによって多少違いはあるものの、6ポンドで楽しめる立ち見から、100ポンド近くするボックス席までと幅広いので、規定があるわけでもありませんが、観客もそれぞれに見合ったスタイル、服装でやって来るようです。個人的にはボックス席とまでは行かないまでも、ストール (stalls) や サークル (circles) 席ならせっかくだからサマードレスくらいは着て行こうかなという気になります。(因みに英語には ‘ワンピース’という言葉はなく、女性が着る一枚ものの洋服はフォーマルなものからカジュアルなもまですべて‘ドレス’という言葉でくくられます。) ずっと立ちっぱなしの可能性もあるセンターアリーナや、座り込んだり寝そべったりしても叱られないギャラリーには (静かに盛り上がっている限り、ピクニックだってOK!) 、リュックにジーンズ、スニーカーなんていう楽な出で立ちでやって来る人たちも少なくありません。とにかく主催するBBCが「ドレスコードはありません。あなたらしい格好でおいでください!」とアナウンスしてるくらいなので、お洒落したい人も気軽に楽しみたい人も、やはりプロムスは誰でもウェルカムなのです。
5) Last Night of Proms!!
プロムス最終日のコンサートはロイヤル・アルバート・ホールに隣接するハイドパークをはじめ、今年はイギリスの地方都市3カ所の公園に設置された巨大スクリーンにライブ中継されます。ロイヤル・アルバート・ホールからの夜の中継に先立ち、すでに午後からProms in the Park という各界の有名アーティストによリ繰り広げられる独自のショーで、ハイドパークは早くも盛り上がり始めます。(今年はスペシャルゲストでブリン・ターフェルも登場するようです。) 伝統的にピクニックが大好きなイギリス人。カッパに折りたたみ傘とブランケット、という万全の備えでいよいよプロムス最終日のコンサート中継にのぞみます。
一方、ロイヤル・アルバート・ホールにはファンシードレスに身を包んだ人たちや、ユニオンジャックをあしらったものを身につけたり国旗そのものを持っている人たちがぞくぞくとやって来ます。この時ばかりは私たち外国人も、イギリス人たちのやや興奮気味でパトリオティック(愛国的?)な雰囲気の中に身を投じ、それに賛同することになります。(でも元気よく自分の国の国旗を振っている外国人も少なからずいます。) フィナーレに向かってたたみ込むように次々とイギリスの愛国歌が演奏され、ついにはお決まりのトマス・アーンの「ルール、ブリタニア!」で満員の会場と屋外4カ所の巨大スクリーン前の観客たちが一斉に旗を振りながらの大合唱。グランド・フィナーレに向けて、それはまるでロックフェスティバルのようなノリなんです。
⇒次回はプロムス(Proms)の楽しみ方をお伝えします。