「教会音楽を聴くときのマナーは?」「この曲が人気なのは日本だけ?」クラシック初心者向けのヨーロッパと日本のクラシック音楽事情の違いについて。

ワクチン接種会場はなんと生演奏付き!?

昨年に続き、世界を混乱に陥れている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。博物館やライヴハウスと同様、「生演奏」がとくに重要視されるクラシック音楽界もこの感染症の多大な影響を被っています。
しかしワクチンが開発されたことから、少しは希望の光が差し始めたと思います。ワクチン接種回数も増えてきたヨーロッパ諸国では段階的にロックダウンも解除され、実際に演奏会場に聴衆を入れる実験も行われたりしています。

新型コロナ関連で、筆者が日本とヨーロッパの音楽に対する温度差を強く感じたのは、ワクチン接種会場の選定についてでした。
イングランドではなんと、大聖堂を接種会場にしている街があります。それは古都ソールズベリです。国民保健サービス(NHS)は、ソールズベリ大聖堂をまるまるワクチン接種会場として活用しているのです。

驚かされるのは、ワクチン接種を待っている間、ずっとオルガンが鳴り響いていることです。
オルガンの響きに包まれながらワクチン接種!なんとも贅沢な話ですね。
演奏曲もバッハのコラールから、1927年の古いミュージカル『ショウボート』の「オールマン・リバー」と、クラシックに限らず「ワクチン接種会場にやってきたお年寄りが楽しめるような」作品も演奏してくれるというから粋ではありませんか。しかも、「オリヴィエ・メシアンのオルガン曲が聴きたい!」といったリクエストのメールまで受け付けているとか。
オルガンとまでは言わないものの、日本でも『演奏家による生演奏を聴きながらワクチンの順番を待つ』という試みがあっても良いのではないでしょうか。

リヒャルト・ヴァーグナー 歌劇『タンホイザー』から「巡礼の合唱」
Richard Wagner: Pilgrims’ Chorus | John Challenger, Salisbury Cathedral
ソールズベリ大聖堂のオルガン独奏と編曲:ジョン・チャレンジャー

バッハのアノ曲が超有名なのは日本だけ!?

オルガンついでにここでクイズです。
日本人なら子どもでも知っている超有名な作品がありますが、それはいったい何でしょうか?

そう、言わずと知れたバッハの『トッカータとフーガ ニ短調 BWV565』ですね。
しかし、実はこの曲はオルガンの本場ヨーロッパでは、リサイタルのプログラムに登場することはほとんどありません。どうでしょう。意外に思われる方が多いのではないでしょうか。

オルガン奏者の松居直美さんがその昔、ドイツ留学から日本に帰ってくると、さっそくリサイタルの依頼がありました。「何を弾けばいいですか?」と訊くと、開口一番に返ってきたのが「バッハの『トッカータとフーガ ニ短調』を!」とのリクエスト。ところがドイツ留学中、この曲を公開の場で弾いたことがなかったそうで、「あわてて譜面を見返した」とインタビューに答えています。
『トッカータとフーガ ニ短調』の人気が高いのは日本だけ、と言うと語弊があります。実はアメリカ人も大好き。これはおそらく、20世紀に一世を風靡したコンサートオルガン奏者のヴァージル・フォックス(1912―1980)のハデハデなライヴ演奏の影響が大きかったものと思われます。

Bach – Toccata and Fugue in D Minor, BWV 565 – Virgil Fox
バッハ『トッカータとフーガ ニ短調 BWV565』
オルガン:ヴァージル・フォックス

クラシック本場の聴衆はお行儀がよい?

『日本とクラシック音楽本場での違い』とくると、たとえば「クラシックの本場の聴衆のマナー事情はどうなのか?」というのも気になります。
一概には言えませんが、オランダの古楽の巨匠グスタフ・レオンハルトが生前、来日した折にインタビューに応じて、こんなことを「証言」しています。

「演奏中にもかかわらず、明らかにタイクツだ、というそぶりをする客がいる」

ところが日本ではそんなことはなく、レオンハルト氏は日本の聴衆のマナーのよさを高く評価していたそうです。
レオンハルト氏の来日公演とくると、「休憩中に調律するから、そのときはみんな演奏会場の外に出てちょうだいね」というのがお決まりでした。なかには、調律中のレオンハルト氏を凝視するツワモノもいましたが(筆者の実体験)、レオンハルト氏はニッコリ微笑んで調律を続けていました。

ドレスコードについては、よっぽど格式の高い歌劇場に行くのでもなければ、ヨーロッパでもカジュアルなよそ行きが普通です。
もっとも「ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート」みたいなフォーマルな場は例外ですが、たとえばベルリンフィルハーモニーの本拠地での公演をテレビで視聴するかぎり、クラシックとはいえお客さんは堅苦しい正装で聴きに来ているわけではないことがわかります。このあたりは日本とさほど違いはないと言っていいでしょう。

Gustav Leonhardt – Tuning his harpsichord !
リサイタルの休憩時間にチェンバロを調律するグスタフ・レオンハルト

教会の典礼に参加したときは要注意!

筆者がいちばんコワいと考えているのは、本場ヨーロッパの教会で演奏される教会音楽の場合です。「楽章間で拍手しちゃった」問題が話題になったりしますが、わりとフツーに欧米の聴衆もやらかしています(NHK-FMなどの海外公演収録番組を聴くと、けっこう多い)。

教会が会場といっても、ふつうの演奏会形式でしたらとくに問題はないでしょう。
問題が起きやすいのは、典礼(礼拝)に参加した場合。キリスト教会の礼拝は誰でも参加できますが、ルター派やアングリカンなどのプロテスタントやローマカトリックを問わず、「陪餐(ばいさん)」という儀式があります。
ようするにミサ(プロテスタントでは各派で呼び名が異なりますが、一般的には「聖餐式、ユーカリスト」)」です。

ミサというのは、「キリストの体(ご聖体)と、キリストが十字架上で流した血の象徴である赤ワイン(ご聖血)をいただく」儀式を含み、これを「聖体拝領」と言います。カトリック教会ですと、この間オルガン奏者はずっと、信徒全員がご聖体を主催司祭から受け終えるまで、即興を混じえつつ演奏するのが伝統になっています。たとえばイタリア初期バロックの巨匠、ジローラモ・フレスコバルディ(1583―1643)が出版した『音楽の花束』(1635年)は、ミサに用いるオルガン曲をまとめた代表的な曲集です。

隣の席の人が立ち上がって、それにつられて司祭の前へ行く。ここまでは一般人にも許されていますが、前の人がなにかおせんべいみたいなものを口で受け取ったからといって、それをマネしてはいけません。自分の番が来たら、ぺこりと頭を下げるのが正解。このとき司祭が、「あなたにも主の御恵みがありますように」と手を差し出して頭を触れます(按手と言います)。司祭から祝福を受けたら立ち上がり、静かにもといた席に戻ればよいのです。

キリスト教会の典礼のしきたりは宗派によって異なるため、『知って役立つキリスト教大研究』のようなわかりやすく解説した本を買って事前に読んでおくことをおすすめします。

Girolamo Frescobaldi – Canzon dopo l’Epistola – FIORI MUSICALI
ジローラモ・フレスコバルディ『音楽の花束』(1635)から「聖母のミサ/使徒書簡朗読後のカンツォーナ」
オルガン:アルベルト・ポッツァーリオ[使用楽器はクレモナのChiesa dei Santi Omobono ed Egidioにある歴史的オルガン]