日本を代表するコンサート・ホールであるサントリー・ホールは2016年10月12日、開館30周年を迎えました。

開館以来、サントリー・ホールには国内外から一流の音楽家が集い、数々の名演奏が繰り広げられてきました。その一端は、幸いにも録音されてCDとなり、サントリー・ホールの輝かしい音楽史を我々に伝えています。

30歳になったサントリー・ホールですが、2017年はしばし休憩中。さらなる音響改善を図って、2017年2月6日から8月31日にかけて改修工事が行われているのです。

サントリー・ホールで音楽が聞けないことは残念ですが、しかし、私たちは記録された録音を聴くことができます。

CDに記憶された名演奏たちは、どれを取ってもサントリー・ホールの歴史を想起させますが、そのなかから、特別な1日を記録した選り抜きの名演奏・名録音を紹介したいと思います。

レコードに記録されたサントリー・ホールの名演奏で、しばしの無聊を慰めようではありませんか。そして、新しくなったサントリー・ホールを笑顔で迎えたいものです。

1. 1990年11月3日 サントリー・ホールに神が降りた日 〜ヴァントのブルックナー交響曲第8番〜

指揮:ギュンター・ヴァント
オーケストラ:北ドイツ放送交響楽団
日時:1990年11月3日

指揮者、オーケストラ、コンサート・ホール、そして聴衆、すべての真価が試される大曲ブルックナーの交響曲第8番。

1990年、サントリー・ホールは、巨匠ギュンター・ヴァント&北ドイツ放送交響楽団という最高のコンビを迎え、至高のブルックナーを響かせました。このAltusのCDは、NHKによる優秀な録音技術も相まって、88歳の巨匠ヴァントの至芸を余すことなく伝えるドキュメントとなっています。

ヴァントはブルックナーの演奏では歴代指揮者の五指には入るであろう、名指揮者で、多くの名演を残していますが、そのなかでも1990年のサントリー・ホールライブは一際輝きを放つ名高い演奏です。

ヴァントの指揮はまさに職人技。長年の試行錯誤の末に行き着いたであろう、「ここは、この音しかない!」という確信の指揮。

北ドイツ放送交響楽団は、重い響きに、ドスの効いたチューバで応えます。かくして、ヴァントと北ドイツ放送交響楽団は80分間、堅牢な音の神殿を築き上げていきます。

こうした丹念な歩みの末に辿り着くコーダは、サントリー・ホールに響いた最も神々しい音楽の一つといって過言ではありません。

2. 2010年10月16日 亡き巨匠と読響の思い出 〜スクロヴァチェフスキと読響のブルックナー交響曲第7番〜

指揮者:スクロヴァチェフスキ
オーケストラ:読売日本交響楽団
日時:2010年10月16日

「ミスターS」の呼称で知られ、2017年2月に惜しまれつつも93年の音楽人生を終えた、スクロヴァチェフスキの名演。スクロヴァチェフスキもまたヴァントと並ぶブルックナーの達人でした。

オーケストラは、読売日本交響楽団。スクロヴァチェフスキを幾度も指揮台に迎えた、日本を代表するオーケストラです。

ブルックナーお得意の霧のようなトレモロに始まる交響曲第7番。

スクロヴァチェフスキの生気みなぎる音楽作りもさることながら、読売日本交響楽団の弦の響きに驚かされます。柔和な透明感ある音色で、ウィーン・フィルとも違う、独特の響き。

日本のオーケストラは、音のキャラクターが弱いと言われることもありますが、果たしてそうでしょうか。このCDは、スクロヴァチェフスキにリードされた読売日本交響楽団が、世界の名オーケストラに遜色ないオーケストラであることを証明しています。

演奏のほかに特筆に値するのは、その録音の良さ。サントリー・ホールの豊かな残響を生かしながら音の芯をくっきりと捉えた理想的な名録音。

3. 1988年5月5日 サントリー・ホールよ、永遠なれ。〜カラヤンのブラームス交響曲第1番〜

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
オーケストラ:ベルリン・フィルハーモニー
日時:1988年5月5日

サントリー・ホールの入り口をまっすぐ進むと、金ピカのメッセージ・プレートがあります。そのメッセージは次のような文章で始まります。

「Mit großer Freude habe ich im Mai 1988 in der schönen Suntory-Hall gastiert.
(1988年5月、私は大いなる喜びをもって、この美しいサントリー・ホールに客演しました。)

このメッセージの主こそ、サントリー・ホールの誕生と所縁の深い、ヘルベルト・フォン・カラヤン。サントリー・ホールを「音の宝石箱」と讃えたのもカラヤンでした。

メッセージのなかで言及されている1988年の5月の演奏は、2008年、「Tokyo Last Concert 1988」と題された3枚のCDとして発売されました。その3枚はいづれも名演奏ですが、文字通りサントリー・ホールでのカラヤン最後の演奏となったのが、ブラームス交響曲第1番でした。

この時のブラームスは「ライブのカラヤン」の面目躍如たる、一期一会の大名演となりました。録音も問題なし。気合いたっぷりの冒頭、第二楽章のオーボエソロなど、聴きどころには事欠きませんが、なにより第四楽章が不朽の名演。

ともすれば崩れそうなところ踏みとどまる鬼気迫るベルリン・フィル。もはやカラヤンとの往時の軋轢は消え、両者ただ音楽に没頭あるのみです。最後にはカラヤンらしからぬ「タメ」を見せ、ブラボーの嵐。こればかりは「聴いてください」というほかはありません。

この時の演奏をもとにした素晴らしい広告がありますので紹介します。題名は「P席のカラヤン」(2009年)。なお、P席とはステージの後ろ、オルガン前の席で、格安ながら指揮者の顔が見える席として、人気があります。

あるときは「帝王」、
またあるときは「マエストロ」。
客席に背を向け、ひとりオーケストラに向きあう指揮者。
彼の名は、カラヤン。
(中略)
コンサート直前、カラヤンはなぜか曲を変更します。
最後の一曲を、初来日で演奏した思い出の「ブラームス」に。
さようなら、これでお別れです。
その気持ちは、客席にも伝わっていました。
わが子を見納めるように眼を見開き、
指揮をしながら、思わず声をもらしたカラヤン。
P席から見えたのは、
あふれる思いを隠しきれない素顔のカラヤンでした。
今年、カラヤンが亡くなって20年。
彼の命は、音楽に姿を変え
今もこの場所に生き続けています。
サントリーホール

この素晴らしい広告を音で聴くことができないことが残念でなりません。

おまけ  2016年9月9日 サントリー・ホールに新たなコンビが生まれた日 〜上岡敏之&新日本フィルのR.シュトラウス〜

R.シュトラウス: 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」「英雄の生涯」
指揮:上岡敏之
オーケストラ:新日本フィルハーモニー
日時:2016年9月9日、9月11日
場所:サントリー・ホール / 横浜みなとみらいホール

このCD、実はまだ買っていませんが、サントリー・ホールで実演を聴きましたので紹介します。

新日本フィルの音楽監督に就任した上岡敏之の船出を記念する、R.シュトラウスの二曲です。

「ツァラトゥストラ」は、落ち着いた序奏が印象的なスマートな演奏。白眉は「Das Tanzlied(舞踏の歌)」。とにかく上岡さんが踊る踊る。カルロス・クライバーを彷彿とさせる、バネのような指揮ぶりは圧巻でした。その躍動感はCDから感じられるでしょうか。

「英雄の生涯」も柔らかい演奏。オーケストラがギアを一段上げたような、活発な演奏を見せ、フレッシュで面白い名演になりました。

しかし、このCD、上岡敏之の指揮ぶりを見ることができないことに加え、一つの大きな欠点があります。それはアンコールの「サロメ」が入っていないこと。

あの「サロメ」はすごかった。爽快な爆演でした。

もっとも、ああいう演奏はライブで聴くもの。CDに収録しなかったのは賢明だったかもしれません。

サントリー・ホールの未来の音楽史に新たな1ページを加えるであろう、上岡&新日本フィル。これからに期待です。