実在の作曲家をモデルにした小説といえば、古くはロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』、最近のものでは平野啓一郎の『葬送』が有名です。前者は主人公の名前は変えてありますがベートーヴェンをモデルにしていると言われ、後者は実名そのままに、ショパンが主人公として登場します。

海外ではクラシック音楽の作曲家をモデルにした小説が割にあるようですが(ショスタコーヴィチ、シューベルトなど)、日本語で読めるものはあまりありません。

そこで今回ご紹介するのが、モーリス・ラヴェルをモデルにしたファンタジー小説(初邦訳)です。実話的な小説ではまったくなく、かなりの想像の産物(ラヴェルの設定が身長が30cm*という)によるフィクションですが、ただラヴェルという作曲家の個性や人物像をとてもうまく捉えていてなかなかの出来です。ラヴェル好きなら、きっとクスクス笑いながら読んで楽しめることでしょう。
*実際のラヴェルも、非常に背が小さく、160cmくらいだったと言われています。

著者はアメリカの作家、コンガー・ビーズリー Jr.(1940〜2016年)で、世界中を旅し、それを題材にしてたくさんの小説やノンフィクションを書いた人です。残念ながら病気のため、数年前に亡くなりましたが、その死の1年前に書いた小説が、このラヴェルをモデルにした『小さなラヴェルの小さな物語』(原題:A Little Story About Maurice Ravel)です。

『小さなラヴェルの小さな物語』は、葉っぱの坑夫というウェブ出版社が翻訳権を得て出版するコンテンツで、この8月にサイト上で配信がスタートしました。全8回で来年3月までの連載が予定されています。現在、以下の7話が公開中。

第1話〜3話「ラスパイユ大通り 〜 紙人形」
第4話〜7話「ひきこもりモーリス〜泡ふきアネット」

どんなお話なのか、おおまかなストーリーを書きますと、スペインにあこがれるラヴェルが、そのあこがれの地への旅をとんでもなく素っ頓狂な方法で実現する、というものです。ラヴェルといえば『スペイン狂詩曲』などスペインをイメージした楽曲がたくさんあります。また母親の故郷であるシブールという村は、ピレネー山脈をはさんでスペイン国境からすぐのところ。モーリス・ラヴェル自身、そのバスクの村で生まれました。

お話には動物好きなラヴェルを反映して、いろいろな動物たちが登場します。友だちになる者もあれば、命をかけて対戦する者もあり。また旅の途上で、ロマンチックな出会いもあります。

物語はこんな風にはじまります。

ある日、小さなからだのモーリス・ラヴェルは、フィリッペ・バザンという名の香水売りのコートのポケットに迷い込みました。パリのラスパイユ大通りにあるレストランで、いっしょにランチを食べているとき、バザンのポケットに落ちたのです。ちょっとトイレへと席を立ったとき、ラヴェルはスプーンにつまづいて、バザンのレインコートのポケットに真っ逆さまに飛び込みました。

日本語版では、すっとんだ愛嬌のあるキャラクターを描くことで知られる、京都在住の絵描き・たにこのみがたくさんのアートワークを寄せて、小説に華を添えています。ラヴェルをはじめとする登場人物を、見た目というより、その中身(性格)で表現していて、思わず笑わされます。

実はこの『小さなラヴェルの小さな物語』は、葉っぱの坑夫のプロジェクト「モーリスとラヴェル」の中のコンテンツで、他に評伝『モーリス・ラヴェルの生涯』、手紙・文章・インタビュー『わたしはラヴェル』が公開されています。

とんでもない空想小説と、ふつうに真面目な評伝、そしてラヴェル自身の発言や書いたもの、という3つの異なる素材の組み合わせによって、multi-dimensional(多次元的)にモーリス・ラヴェルの人と作品に迫るというユニークな企画です。

『小さなラヴェルの小さな物語』は、毎月末に新しい話が数話分ずつ更新される予定です。その際にはまた、edy classicのサイト上でお知らせできたらと思います。

「モーリスとラヴェル」総目次:
小説、評伝、手紙など、それぞれの目次へのリンクがあります。

「モーリスとラヴェル」の総目次

*この記事内の絵はすべて<たにこのみ>によるものです。