毎年のように名演奏が生まれる全日本吹奏楽コンクール。
歴史は長く、昭和15年から始まりました。その中には、コンクールの歴史を変えた数々の名演奏があります。吹奏楽ファンの方には、ぜひ一度聴いていただきたいところ。
今回は、選りすぐりの名演奏を作曲家の視点で4つ取り上げます。
案内人
- 野坂公紀(作曲家)1984年、青森県十和田市出身。 青森県立七戸高校卒業。 2006年にいわき明星大学人文学部現代社会学科を卒業。作曲は独学後、作曲を飯島俊成氏、後藤望友氏に師事…
目次
①【ダフニスとクロエ】1986年 第34回全日本吹奏楽コンクール 埼玉栄高校
埼玉栄高校吹奏楽部86
「ダフニスとクロエ」は、今では吹奏楽の定番曲となっていますが、そうなるまでに時間を要しました。全国大会で初めて演奏したのは1976年の出雲市立第一中学校。名演だったものの、楽曲が著作権保護の対象だったため、これ以降「演奏したくてもできない」という状態だったのです。
時は下って1986年、埼玉栄高校は著作権を管理しているフランスの会社と交渉し、演奏許諾を得ることに成功。かくて演奏された「ダフニスとクロエ」は、コンクールの歴史に名を残す名演奏となりました。
聴きどころ
1986年の「ダフニスとクロエ」は、聴き手を引き込む熱狂感に包まれています。
特に終楽章である「全員の踊り」では、演奏メンバー全員の技術の高さが表れており、簡単には真似できません。吹奏楽特有の響きを活かした密度の高い力強いサウンドに仕上げられ、この曲の良さがしっかりと分かりやすく伝わる演奏となっています。
翌年以降「ダフニスとクロエ」を数多くの団体が取り上げるきっかけとなったのも頷けます。
②【吹奏楽の為の「無言の変革」より 問い】1981年 第29回全日本吹奏楽コンクール 川口市立川口高校
吹奏楽のための「無言の変革」より 問い
当時の川口高校の吹奏楽部顧問・信国康博先生が自ら作曲・指揮した曲で、吹奏楽コンクールでは珍しい「自作曲の演奏」です。1980年代初頭の披露ということもあり、楽譜は未出版な上、そもそも楽曲の全貌が明らかになっていません。
だからこそ、吹奏楽ファンの間では”伝説”と称されています。当時、会場では演奏が終わった際にざわめきが止まらなかったというエピソードも。
聴きどころ
この曲は、当時としては珍しい斬新な響きに終始包まれています。数多くの打楽器が乱打される冒頭部分、トロンボーンに小さなマウスピースをはめて演奏する部分、法螺貝を音の高いものから低いものまで使って演奏する部分など、衝撃的なサウンドがたくさん出てくるのです。
そして、最後は高らかに長調の和音を鳴らして終わり。自作曲だからこそできる、完全にコントロールされた表現が見事に活きています。
まったくもって文書で書き表すことのできない演奏ですが、まずは先入観なしに音源を聴いてみてください。その衝撃とともに、伝説となった理由がきっと分かるはずです。
③【メトセラⅡ】1988年 第36回全日本吹奏楽コンクール ヤマハ吹奏楽団
Methuselah II [メトセラ II]
吹奏楽コンクール全国大会では常連のヤマハ吹奏楽団。長きに渡り邦人作曲家へ作曲を委嘱し、数々の傑作と名演を世に送り出しており、それは現在でも続いています。
中でも突出している作品と名演がコレ。日本吹奏楽界に新たな流れを作りました。
聴きどころ
当時ヤマハ吹奏楽団の指揮者だった森田利明さんは「今まで吹奏楽を作曲したことのない作曲家」に焦点を当てており、メトセラⅡを生み出した田中賢さんもその1人でした。
同曲の肝は打楽器。協奏曲のような、色彩的かつ特徴的な使われ方をしています。このような方向性をもった曲は当時の吹奏楽曲にはなく、非常に革新的でした。
ヤマハ吹奏楽団は高度な技術をもとに、緻密なアンサンブルと大人ならではの解釈で演奏しています。とりわけ、中間部の打楽器のみのアンサンブルと、後半の管楽器と打楽器のバランスは見事の一言です。
④【カンタベリー・コラール】1994年 第42回全日本吹奏楽コンクール 関東第一高校
【コラールで全国金賞】カンタベリーコラール[94年:関東第一高]Canterbury Chorale/Knato Daiichi Highschool
関東第一高校は吹奏楽コンクール全国大会の常連で、数々の好成績を残しています。中でも1994年のカンタベリーコラールは名演とされています。
実はこの裏には、同年の課題曲が関係していました。この年の課題曲は6~7分の長さで、全てが難曲でした。必然的に自由曲に使える時間は短くなり、課題曲とのバランスも考えなければいけません。参加団体は選曲に頭を悩ませたそうです。
そんな中、関東第一高校が自由曲に選んだのはカンタベリーコラールでした。
聴きどころ
タイトルからも分かるように、曲は穏やかなコラールで構成されています。このような曲は演奏に粗が出やすく、精密なアンサンブルと集中力が終始必要です。したがって、自由曲の選曲からは避けられる傾向にあります。
しかし関東第一高校はあえて、こういった難易度の高い曲を選びました。当日の演奏は繊細かつドラマチックに仕上げられ、耳の肥えたオーディエンスを魅了したのです。特に冒頭のサウンドの素晴らしさは脱帽ですよ。
まとめ
今回は、後世に語り継がれる吹奏楽の名演奏4つを紹介しました。
いずれも心からの感動を覚える、充実したひと時を過ごせるものばかりです。ぜひリラックスしながら聴いていただき、名演奏が名演奏たる理由を体験していただければと思います。